2008.06.13撮影。
台座には昭和24年に日本人初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士による「みたまよとこしえに安らかに、われら守ら
ん世界の和」という言葉が刻まれています。また建設趣意書には、「思い出づる調べも哀し昭和二十年三月九日の夜、B29百五十機の大空襲により浅草一帯は
火の海となる。地をなめるようにして這う火焔と秒速三十米をこす烈風にあふられ、親は子を呼び、子は親を求むれど、なすすべもなし。おののき叫び逃げまど
い、悪夢の如き夜が去れば……眼にうつるものは一面の焦土にて、一木一草の生づるもなく、あわれ身を焼かれ路傍に臥す無辜の犠牲者は一万余柱を数う。 当
時その凄惨な状況は一片の新聞だに報道されることなく、敗戦後に生まれた子供達は戦争の惨禍を知るよしもない。いたましく悲しい夜もいつしか歴史の一駒と
して消えて行くであろう。 よって我々はここに当時を偲び、不幸散華された御霊の安らけく鎮まりまさんことを祈り、二度とあやまちを繰返すことなく永遠に
世界の平和を守らんことを誓い、浅草観音の浄域にこの碑を建立する。 以て瞑せられよ。」と書かれています。
2008年3月10日に行なわれた、浅草大平和塔戦災殉難者法要の記事一覧はこちらです。
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