こんにちは。協力メンバーの真公です。
田原町駅からほど近い寿町3丁目にある「宗吾殿」に行ってきました。
(写真は2009.12.8撮影)
佐倉惣五郎(姓=木内氏、俗称=宗吾)といえば、江戸時代の「義民」─反骨の悲劇の英雄です。下総国(千葉県)を収めていた佐倉藩(藩主堀田氏)の年貢租税があまりにも重いため、それに苦しむ農民のため、四代将軍家綱に直訴。それによって民衆は苦しみから解放されましたが、御法度である直訴を行った佐倉惣五郎は、妻や子どもとともに死罪になりした。
その後、堀田氏が改易になったことから、惣五郎の祟りと噂されるようになり、佐倉藩の歴代藩主は佐倉惣五郎の霊を弔い続けました。宗吾殿は、改易後に宮川藩(滋賀県)の藩主となった堀田氏の江戸屋敷内に建立したもので、1803(享和5)年に惣五郎回忌の法要が営まれ、その頃に建てられたようです(現在のお堂は、戦後に再建されたもの)。
後年、惣五郎の逸話は、歌舞伎や講談の題材として広く親しまれ、人気の演目となりました。そのため、現在でも、歌舞伎座や明治座、多くの歌舞伎役者たちがお堂に寄進した跡が見受けられます。
投稿情報: 真公 | 2009/12/29 カテゴリー: 00j その他の神社・仏閣・宗教施設 | 個別ページ | コメント (0)
こんにちは。協力メンバーの真公です。
田原町駅からほど近く、赤札堂の裏手にある等光寺の境内には、石川啄木の歌碑が建てられています。石川啄木の葬儀が等光寺で行われたことに由来して建立されたそうです。
(写真は2009.11.1撮影)
投稿情報: 真公 | 2009/11/09 カテゴリー: 00j その他の神社・仏閣・宗教施設 | 個別ページ | コメント (0)
投稿情報: 浅草の風 | 2009/10/02 カテゴリー: 00j その他の神社・仏閣・宗教施設 | 個別ページ | コメント (0)
2009.07.17撮影。
所在地:台東区松が谷2-14-1
武道錬成のための通し矢が行われていた三十三間堂(寛永19年(1642)創建)の的場の守り神が矢先稲荷神社。元禄11年(1698)の江戸大火で三十三間堂は焼失。三十三間堂は深川に移転しましたが、地元民の要望により矢先稲荷神社は当地に残りました。
矢先稲荷神社のホームページはこちらです。
投稿情報: 浅草の風 | 2009/07/23 カテゴリー: 00j その他の神社・仏閣・宗教施設 | 個別ページ | コメント (0)