2009.08.05撮影。
浅草寺五重塔は天慶5年(942)に平公雅が建立。焼失後、三代将軍徳川家光が再建。江戸時代には寛永寺、増上寺、天王寺の五重塔と共に江戸四塔と呼ばれて親しまれました。明治44年に国宝指定。関東大震災にも耐えましたが、昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲で本堂などと共に焼失しました。
昭和33年(1958)本堂再建、35年(1960)雷門再建、39年(1964)宝蔵門再建、48年(1973)五重塔が再建されました。再建位置は宝蔵門の左(西)側になったため、旧五重塔の位置(宝蔵門の右(東)側の交番近く)にはこの碑が建てられています。(説明文は、こちらのサイトを参考にさせていただきました)
すでにお知らせしましたが、本堂南側広場の交番ちかくに「旧五重塔跡」碑が建ちました。かつては「塔」と書かれた小さな石標がアスファルトに埋め込まれていただけなんですが、それでは判りにくいということでこの碑が建てられたそうです。「塔」と書かれた小さな石標は無くなってしまったのかと寂しく思っていたのですが残っていました。
これです。長年頑張ってきた石標です。
場所はここ。写真の右下です。残してくれた計らいにちょっと嬉しくなりました。
(2009.03.31撮影。こんなふうでした)
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