11/3(文化の日)、晴天のもと菊花展が開かれている浅草寺を出発した時代絵巻の行列が浅草をめぐりました。
浅草は、名刹浅草観音を中心に栄えてきた東京で一番古い町と言われています。観音様が隅田川から現れてから東京になるまでの様子を行列時代絵巻として再現
していました。そのようすを数回にわけて掲載しています。(説明は実行委員会発行のパンフレットを参考にさせていただきました)
再び紹介します。
「東京のあけぼの 浅草観音示現」浅草馬一町会のみなさん、浅草寺幼稚園の子供たち。
推古36年(西暦628年)、隅田川で漁をしていた檜前浜成・竹成兄弟が黄金の観音像を発見。土地の豪族土師真仲知はこれに感銘して自宅を寺にして三人は
礼拝に生涯をささげました。これが浅草寺の起源。のちにこの三人は三社大権現の尊称を奉られます。三社祭の由来はここにあります。
金龍の舞の一行が雷門通りに入ってきました。
背景は、左:墨田区役所、右:アサヒビール吾妻橋ビル。
雷門前での舞です。
「浅草のよろこび 金龍の舞」浅草寺舞保存会のみなさん。
観音様が祀られた夜、周辺には千本の松が生えそろい、三日後には天より金龍が舞い降りたと伝えられています。金龍山浅草寺の山号はこれにちなんだもの。長さ15メートル、重さ150キロの金龍が舞うさまは勇壮華麗です。
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